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ご挨拶  「毎日が新発売本舗は手段です」

「毎日が新発売本舗」店長のマツイヒロキです。

私がこのお店を通して伝えたいことは、地域の商店街で頑張っているお店をインターネット上で再現したい!ということです。

「はっ?どういうこと!?」

すみません、唐突にそんなことを言われても、意味不明のように聞こえるかもしれませんね(笑)

いや、そんな複雑な話ではなく、とてもシンプルな発想なのです。

どこの街にも活気のある商店街があるというのは良いものです。なんかこう、生活が楽しくなりますよね。

ふだんはそんな商店街の存在を明確に意識しながら生活してきたわけではないんだけど、ふと振り返ってみると、「地元の商店街が元気だ!」というのは、たぶん無意識レベルで私の日常を勇気づけてくれていたのではないか?そう思います。

なぜ、商店街が元気だとこちらも元気になるのか?

それはやはり、どんなにインターネット技術が進もうが、AI革命の波が押し寄せようが、バーチャル空間の市場規模がいかに大きくなろうとも、私たちの生活の基盤は「地元にある」ということに尽きるのではないでしょうか?

そして、自分の街に活気のある商店街が存在するという事実が、知らず知らずのうちに大きな精神的な支えになってくれているのではないかと思うのです。

では、そんな商店街、「街」がこちらを元気にしてくれている源は何処にあるのか?

私は、『新発売』にあると考えます。

私の生家は、煙草と大人の雑誌が置いてある駄菓子屋を営んでました。

おかしいですよね?子ども相手の商売なのにタバコに加え、いけない雑誌も売っている。

いまにして思うと、子どもをエ〇本で釣る、という爺さんの戦略だったのではないか(笑)と思うところもあるんですけど、案の定そんなにうまくはいかなかったようです。

教育熱心な親御さんなら、お子さんに「あの店には行くな!」ってなってしまいます。

結局、子どもが集まらないから、主力商品だった駄菓子の商いに熱心でなくなる。

四つ歳の離れた兄貴の話では、最初のうちは新商品の入荷にもそれなりに熱心で少しは繁盛していたようですが、私が物心ついた頃にはすでに古くさい商品が塩漬のように寝かせされているだけ。

いつも決まりきった駄菓子しかなく、店先では友達の親父さんが煙草を吹かしながら買ったばかりのエ〇本を読んでいる。

こりゃあ繁盛しないよねー。子供心にそう思ったもんです。

そんな頃、隣町の商店街の一角にあった文房具屋が、なんと駄菓子を置き始めるというので、駄菓子屋のせがれとしては居ても立ってもいられず、早速偵察に行ってみました。

これがいけなかった。ドハマりしてしまったんです。

駄菓子屋に馴染みの麩菓子や豆菓子や酢イカだけではなく、来る日も来る日もまったく見たこともない新しい駄菓子の新入荷に目を奪われてしまい、気付いた頃にはすっかりこの店の虜になっていたんです。

菓子だけではありません。インベーダーとかパックマンとか平安京エイリアン、ドンキーコングなどのテーブルゲームを私の生まれ育った田舎町で一番最初に取り入れたのも、その商店街の駄菓子屋でした。

当時の私は小学5年生くらい、もちろん月の小遣いなんかなくて、学業などで必要が生じた時にだけ、実費ぶんの小銭をもらっていました。

けれど、そのお店で駄菓子を一つ食べてはゲームに興じ、ゲームに飽きたら駄菓子を食う、なんていうのが放課後のお楽しみでしたから、小銭がいくらあっても足りませんでした。

最初のうちはよかったんです。その駄菓子屋は元々文房具屋ですから、授業で必要な文具を買う、と言っては親から小銭をもらい、毎日では疑われるから2日置きのペースで小遣いをねだる。

そんな生活をしばらく続けていましたんで、さずがに親も勘づきます。めちゃくちゃ叱られましたね。親父からは頭をぶん殴られました(笑)

でも、意外だったのは、親父もお袋も無駄遣いをしたことより、駄菓子屋のせがれが商売敵の店に出入りして、現を抜かしていたことに腹を立てていたようなんです。

やはり、商売人は商売人なんだなと幼心に思ったものでした。

時が過ぎ、私が高校生になると、駄菓子屋兼煙草屋(兼エ〇本屋)の我が家は店を畳むことになったのに対し、商店街の文房具屋兼駄菓子屋のその店主はわずか10年足らずで財を成し、さらに不動産業を営むまでになりました。

子どもを中毒症状にさせといて、ついにはあの店主も田舎の大金持ちか・・・。つい最近までは、そんなふうに思っていました。

でも、それは極めて単眼的なものの見方であることがわかりました。

去年の夏に実家に帰省し、その足で同級生と飲みに行ったとき、思い出話の一つとしてそのお店の話題が上がったんですが、その商店街の近くの住んでいたある同級生(女性)が、遠い目でこんなことを言い出したんです。

「あのお店のおかげで回りのお店も頑張って商店街を活気づけてくれた」

「だから、こんなご時世になっても、多くの店がつぶれずに未だにこんな田舎でも商売を続けられているのよ」

目から鱗が落ちました。

同業者である私の実家のお店が商売敵にヤキモキしていた同じ頃、そのお店の周囲のいろんなお店、家具屋、バイク屋、土産物屋、本屋、定食屋、衣料品店などなどは、すっかりその文房具屋兼駄菓子屋の懸命な仕事ぶりに感化されて、我負けまいと「昨日よりも今日」「今日よりも明日」といった常に成長し続けるマインドに切り替わっていたのだというのです。

そのお店の特徴は、本当に行くたびに必ず新しい商品があって、しかも店のオヤジがめちゃくちゃ商品について詳しい。

今思い返せば、駄菓子よりも、ゲームよりも、その話が聞くのが放課後の寄り道の楽しみだったのかもしれません。

同級生が言うには、もっともっと子どもが喜ぶお菓子が何処かにないか?ということで、その店のオヤジは電車に2時間揺られながら浅草まで商品の買い付けに行くこともあったそうです。

おかげでこっちはすっかり中毒になってしまったんですが(笑)、そのこと自体はミクロな視点であって、商店街全体でマクロにとらえるなら、地域を元気づけた、街になくてはならない存在であったことを知ると、なんだか自分自身が恥ずかしく、と同時に我が家の商売敵は敵ながらアッパレと賞賛せすにはおれません。

私は、この古き昭和の原体験を、IT革命を経て、AI時代に突入した「今」に持ち込みたいと本気で思っているのです。

IT社会になって、確かに私たちの消費生活は便利になりました。でも、それ以上ではありません。

また、お店の集客UP、収益UPの面で、インターネット技術による自動化、効率化に過度に依存し、思うようにいかず途方に暮れている実店舗も増えているように思います。

それは至極当然のことで、いくらITといえども、「昨日より今日」「今日より明日」を表現できないお店を助けてくれる術はもっていないのです。

結局、お客さんに毎日新しいお店の姿を見せる。そして、喜んでもらう。

そのこと以外に商売を続けていける根拠など、どこにもないのではないでしょうか?

だから私は、まずは私自身が昨日よりも今日、今日より明日へと『毎日が新発売』してやろう!と心に決めたのです。

別に私は、実店舗を経営しているわけではありません。でも、そんな私にでも、昨日よりも今日、今日よりも明日を表現できることは何かないか?

つまり、お店を持っていない私にできる『毎日が新発売』とは何なのか?

その答えが、デジタルコンテンツの作成や編集であることに気付き、だからこそ、このお店を立ち上げることにしてました。

ですが、それ自体は、私が本当にやりたいことの手段に過ぎません。

もし、運よく私のお店が繁盛したとしても、そのこと自体はたいした意味をなさないからです。

私は、『毎日が新発売本舗』というお店を「こういうお店もありますよ」という超具体的なサンプルとして、元気が無くなっている実店舗経営者さんや、せっかく「毎日が新発売」できる興味深い日常を送っているのにそのことに気付かずにいる、眠れる個人の才能を覚醒させたい。

そして、「昨日よりも今日」「今日よりも明日」を合言葉に、毎日を新発売させることで自分自身を磨き上げていく力強い個人や店舗経営者を繋いでいきたい。

つまり、「毎日が新発売」というこの価値観一つで繋がり合った『商店街』をバーチャルな空間(だからこそ)インターネット上に作りたいのです。

幸い、この理念に共感してくださった方々が少しずつ増えています。

たとえば、占い師、インタビュアー、速読学習者、難関資格保有者、難関資格挑戦者などなど・・・。

現時点では、個人レベルでの参加者さんが多いのですが、法人・個人は全く問いません。

もちろん、現在実店舗を持っているか否か、インターネット上にショップを開設しているのか否かも関係ありません。

ただ一つ、自分自身の日常で、「昨日よりも今日」「今日よりも明日」にチャレンジしている個人やお店、あるいはこれからチャレンジしてやろう!という個人やお店なら、ぜひ私たちとつながっていただきたいと思います。

(※たとえば、インタビュアーや速読、資格挑戦者などが何故この価値観に合致するのか?何故お店を持てるのか?「毎日が新発売」できるのか?は今一つイメージできないと思いますが、おいおいこのブログで証明していきますので楽しみにしておいてください)

いずれにせよ、私のお店(毎日が新発売本舗)は、この壮大(?)な目的を果たすための手段に過ぎないということです。

ぜひ、成り行きを見ていただけたら幸いです。

毎日が新発売本舗 店長

マツイヒロキ